わたしと家族

離婚した両親、それからのわたしについて思う事を整理する

日記回想(9)2011/11/27

この「帰ります」という母からの電話は今までになかった展開だったから、この時は物凄く焦り、驚いた。(どうしよう…)という思いしかなかった。

 

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『11月初旬。
この日は午前中から用事があって、母をひとりで長時間留守番させていた日だった。
どんよりとした空模様で気持ちも滅入ってくるような、そんな寒い日だったと思う。

日も暮れかけてきた夕方、母から
「帰ります」
と電話。

本当に驚いたが、動揺を隠し

「今、帰り道だからもう少しで家に着くよ。待っててね」
と電話を切った。

車を運転していた夫にも事情を説明すると驚いていた。

 

玄関のドアを開け、私はなるべく落ち着いているように、そして明るい表情で

「ただいま!お母さん“帰る”って、どこに帰るつもりなのぉ?」
と、少しおどけたように聞いてみた。

すると母は、不思議そうな、不安そうな表情で
「“帰る”って。。。“どこ”に?」
と。

私はてっきり、弟と暮らしていたマンションに“帰る”、と言っていると思ったのだが、母の“帰る”は、そうではなかったのだ。

母はここ(母がいる場所)が娘の家だと分からなくなってしまっていたのだった。
知らない家にひとりで置かれているような感じになり“帰らなくちゃ”と、思ったようだ。


一瞬の
母の不安そうな表情は
私の心に刺さった。

時間にするとほんの、ほんの一瞬だったと思う。
けれど、その表情を見た瞬間は長く感じたし、母が母ではないような感じを受けた。
私はショックだった。

でも、ここで取り乱したりしても何も解決にはならない。
私は動揺しながらも、平然を装うしかなかった。

「お母さん、ここに居ていいんだよ。今日は長くひとりでいたから不安になったんだね」
と言った。
正確にはどんな言葉を返したか覚えていない。

しばし、母は不思議そうな感じだったけど、私や夫、そして子ども達で賑やかになった“家”の雰囲気を徐々に感じたのか、本来の母に戻っていった。

「な~んだ、そっかぁ。“知らない家”にひとりでいるような気持ちになって、帰らなくちゃ(出なくちゃ)いけないと思ったんだよね~」
と笑いながら母は言った。

玄関には、母のスーツケースまでがきちんと置いてあった。
私は慌てて、重いスーツケースを2階に上げた。

(お母さんはどんな思いでこのスーツケースを降ろしてきたんだろう)
そう考えると涙が出そうだった。


賑やかになったリビングで、“今の出来事”を笑い話にしながら夕ご飯を食べた。

 

夜、ベッドに入りながら夫と母の事を話した。
「あの時のお義母さんの顔は、なんとも言えなかった。かわいそうだった」
と、夫が言った。

私は、そのひと言で我慢していた何かがプツリと切れ、そして母が来てからの不安と今日の出来事が一気に押し寄せてきて、泣いた。
母の事でこんなに泣いたのは、多分初めてだと思う。
心に刺さった母の表情をありありと思い出しながら泣いた。
あんな表情の母は、今までに見たことがないからだ。
不安でいっぱいの母の表情。
私を見つめた母の瞳に、この世界はどのように映し出されているのだろう。
私には理解できないのだ。

「お母さんが、お母さんじゃなくなる。これからどうなっていくの?」
と。


こんな事で泣いてもどうにもならないのは、分かっている。
でも、この日は泣くしかなかった。

ここが母が生まれ育った地方で、ここが娘の家だという事を認識できなくなってきているのだ。
“自分の居場所が認識できない”
それがこういう事なのだ。』