母の異性関係A氏について
母の異性関係について、もう一人の“A氏”を記録として残しておきたいと思います。
母とA氏の出会いは、1998年、わたし達親子3人で家を出た頃(母がストーカーと化した父から身を隠すため関東で住み込みの家政婦をしていた時)、東京へ戻る新幹線の中でに出会ったと聞いています。(父との離婚が裁判となったので、住み込み先とこちらを時々往復していた)
A氏は母よりも10歳くらい年上であった。だから、O氏と同い年くらいかな。
そして、A氏には妻子がありました。
すでにA氏と奥さんは上手くいっていなかったようで(これらの言い訳は不倫をする常套句だと思うけど)A氏はよく母と一緒に行動していました。
また、そんな関係であったのでお子さん(と言っても成人している)にも母の存在は知れていたのではないでしょうか。
それから、A氏と母は何年くらい付き合ったかなぁ。5年以上は付き合ったと思います。
わたし達家族、弟とも交流がありました。
わたしはA氏もO氏同様、調子が良さそうな雰囲気がある男性だったと感じています。
そして、A氏はやっと離婚を決意し、母と一緒に暮らす集合住宅に引っ越す事になりました。
それまで、いつまで経っても離婚をしないA氏を快く思っていなかったわたしは、それなりに安堵した記憶があります。
(これで母もやっと幸せになれるんじゃないか)
と。
引っ越して間もなく、A氏は末期がんと判明し、即入院する事になりました。
入院してしばらくすると、A氏の携帯電話も家族の方に解約されたようで、メールなどの連絡も不通となりました。
そして母とはA氏との面会もままならずA氏は帰らぬ人となりました。
その時の母の落胆は計り知れません。
不倫という関係ではありましたが、その時の母はそれなりに楽しい時間を過ごしていたのではないかと、娘のわたしは思っています。
長年連れ添ったわたしの父である夫との離婚、裁判、引越しなどと心休まる事がなかった後のA氏との関係。
今でこそ思うのですが、A氏との別れが母には本当にショックだったと思うのです。
そして、その出来事が認知症のトリガーになったのではないか、とも。
盗られ妄想を起こした時に、母が探していた“キーホルダー”とは、A氏から贈られた物でした。
少し前の記事にも書きましたが、O氏に連れ去られてからわたしの所へ何度も寄越したメールなどにもその“キーホルダー”を返して、と綴られていました。
結局離婚もせずに亡くなってしまったA氏。
わたしは快く思っていませんが、やはり母にとってはかけがえのない人であったのでしょう。
認知症を発症する一つとして、そういった“精神的ショック”も影響しているのではないか、と今更ながらに思うのです。